この最終章では、これまでの章より多くの浮世絵を通して、何百年もの長きにわたり、囲碁が日本人の暮らしとどのようにかかわってきたかを紹介していこう(念のためにお断りしておくが、ここに掲載している浮世絵そのものは、いずれも18世紀から20世紀にかけて制作されたものである)。
確かな証拠にもとづいて考えられるところでは、日本に伝来した当初、囲碁は仏教の僧侶と尼僧の遊戯だった。それが宮廷貴族、武将へと順に広まり、最後に町人にまで普及した。もともとの愛好者層にあらたな層が加わっていったため、最終的に囲碁ファンは、幅広い階層の人々から成り立つこととなった(ただし、人口がもっとも多い農民と労働者階級は、習慣的に将棋とばくちを娯楽にしていたので、このなかに含まれない)。
囲碁が世間に知られていくにつれて、囲碁をモチーフにしたさまざまな芸術作品も好まれるようになった。たとえば、ずんぐりした碁盤を木以外の素材でかたどった、装飾的な小物入れや水滴(すいてき:硯に使う水を入れておく容器)。碁盤や碁石模様の着物。碁を打つ仙人や琴棋書画など、伝統的なテーマをデザインに取り入れた、根付、磁器、金属細工。筆者は以前、碁盤を模したすばらしい三重の印籠(いんろう)も見たことがある。その印籠の側面には、黒白の石に見立てた燻し銀と真珠層が、まるで滝の水が落ちるようにはめこまれており、佐藤忠信が碁盤を振りあげたときに飛び散った碁石を思わせた。さらに、きわめて数が少ないものの、旧来のテーマのアレンジではないオリジナル作品も見られる。近代の細工師による木彫りの小さな根付の習作は、骸骨が碁盤の上にかがみこむポーズをとっており、アイディアが斬新で遊び心にみちている。
江戸時代、碁会は茶の湯や狂歌の会と同様に、身分、地位、性別にとらわれることなく、ただ熱意と技量だけが問われる場だった。階級意識の強かった時代にもかかわらず、そうした会は、真の実力主義に限りなく近い社会を実現していたのである。囲碁を始めようとする人々にとっては、昔も今もこれこそがきっと最大の魅力なのだろう。
さて、物事に熱中するあまり、ほかのことがお留守になってしまう人は、どこの世界にもいるようだ。西洋では、自分の専門外のことにまるきり無頓着な大学教授が、よくジョークの種にされる。日本では囲碁好きがその代表で、ひとたび長考に入ってしまうと、目の前の勝負以外は万事うわのそら。そんな姿をおもしろおかしく語った古典落語を、最後にお楽しみいただきたい。
大の囲碁好きの旦那とその碁敵(ごがたき)は、毎晩キセルをふかしながら、旦那の家の座敷で手合せしていた。ところが対局に夢中で、畳は煙草の焼けこげだらけ。旦那の妻から叱られたふたりは、「座敷をトタン張りにしたらどうだろう」「いっそ池のなかで打っては」と算段のすえ、座敷は禁煙にし、一番終わるごとに次の間で思うぞんぶん煙草を吸うことにして、碁打ちを許してもらう。
けれども、いそいそと打ち始めていくらもたたないうちに、いつもの癖で手はキセルへ。火がないことに気づき、奥へむかって呼ばわった。
「おいおい、火がきておらんよ」
どうせそんなことになるだろうと思っていた妻は、火鉢の灰のなかに紅ショウガを入れ、少しだけ見えるようにして持っていった。旦那たちは「どうも火がつきにくいなぁ。煙草がしめったかな」とこぼしながらも、頭のなかは碁の勝負でいっぱいで、とんと気づかない。妻は安心して風呂屋へ行ってしまった。
ところが油断はできないもので、どこからか忍びこんできた、ひとりの泥棒。大きな風呂敷包みをしょって逃げようとしたそのとき、夜のしじまに碁石の音がパチリと響いた。
何をかくそう、この泥棒も大の囲碁好き。そっと座敷に近づいてなかの様子をうかがううちに、いつのまにやら碁盤のそばへ。旦那が石をおろそうとするのを見て、思わず口が出た。「いや、そこはなんですな。おもしろくねえな」
旦那は盤を見つめながら「うるさいな。見物は黙っててくださいよ」。そしてちらっと相手を見あげ、「大きな包みをしょってるな。じゃ、ひとつ、風呂敷包みといくか」と言いながら、パチリと石を置いた。
碁敵も「じゃあ、ひとつあたくしも、風呂敷包みといきやすかな」とパチリ。
「いや、そこはね。そこはだめっ」
「見るのはいいがね。口を出してはいかんと言ったでしょ」。旦那しげしげと泥棒を見つめて、「ほう。あんまり見かけたことのない人だ。ひとつ、おまえは誰だいっといくか」。パチリ。
「ほほう。なるほどなぁ。じゃ、あたくしも、おまえは誰だいっといきやしょう」。パチリ。
「へっへ、泥棒です」
「ど……泥棒? 泥棒とは、やられたかなぁ、こらあ。じゃあ、ひとつ、泥棒っといくか」。パチリ。
「ほほう、泥棒となぁ。じゃ、泥棒さんか、といきやすかな」。パチリ。
「泥棒さんかと。なるほどなぁ。泥棒さん、景気はいかがですと、ひとついくかなぁ」
「今日はお宅にうかがって、こんなにいただいちゃったんです」
「それは、うまいことをしましたな。これから――」パチリ。「ちょいちょい、いらっしゃい」
(『古典落語大系 第3巻』1979年 三一書房刊より要約)