吉備大臣 目次へ戻る

図版


図版 4-1. 中国武将対局図
三代歌川豊国(歌川国貞) 大判 版元未詳 弘化4年(1847)



画面右上に書かれている「棊」は「棋」の異体字。琴棋書画をひとつずつ描いた4枚揃の1図。
図版 4-2. 吉備大臣・呉大尉玄東対局図
三代歌川豊国(歌川国貞) 大判3枚続 版元・森屋治兵衛 嘉永4-6年(1851‐53)


左より、玄東の妻・隆昌、阿倍仲麻呂の霊、玄東、吉備大臣。歌舞伎の舞台を描いたものと思われるが、役者名は記されていない。
図版 4-3. 御代春陽暦曽我(みよのはるよろこびそが)
豊原国周 大判3枚続 版元・萬屋孫兵衛 明治6年(1873)



明治6年2月9日より江戸中村座で上演された歌舞伎に取材。左より、二代目沢村訥升(吉備大臣)、八代目岩井半四郎(玄東の妻・りう祥女)、五代目尾上菊五郎(玄東)。
図版 4-4. 人形見立神儒佛(にんぎょうみたてしんじゅぶつ)
歌川国芳 大判2枚続 版元・大黒屋金之助 安政3年(1856)



一見不思議なこの図は、祭りで人気の道化芝居を描いたもの。後方では吉備と玄東が碁の勝負を始めたところ。 前方右は十六羅漢のひとり、賓頭盧(びんずる)。 賓頭盧は悟りを開き、神通力を身につけたが、ある時ふと女の美しさを口にして釈迦に叱られてしまった。 ところがここで左にいるのは、およそ絶世の美女とは言いがたい天鈿女命(あめのうずめのみこと)。 日本神話で天照大神(あまてらすおおみかみ)が弟の乱暴な行いに怒って天の岩戸にこもった時、その前でおもしろおかしく踊って大神を誘い出した神である。
図版 4-5. 三国妖狐伝
月岡芳年の作とされる 大判2枚続 明治初期(1870年代後半)



明治初期の征韓論を風刺した作品。朝鮮との外交問題をめぐり、時の陸軍大将・西郷隆盛ら征韓派と、内務卿・大久保利通ら 非征韓派が激しく対立。西郷を大使とする使節派遣がいったん内定されたものの、大久保によって阻止され、 征韓派はいっせいに下野した(明治6年10月の政変)。

本図は西郷を吉備に置き換えて描いたもの。対戦相手の中国人は、「もしよろしければ私が白を持ちます」と言っている。 野次馬がそれぞれの意見を主張する中で、女が「勝っても負けてもりっぱなお方!」と吉備をほめ、当時西郷に味方していた 民衆の心を代弁している。なお、検閲を恐れて絵師と版元の名は記されていない。
図版 4-6. 倭文庫十七編
二代歌川豊国(歌川豊重) 草双紙の表紙 版元・上州屋重蔵 嘉永3年(1850)



弘化2年(1845)から明治4年(1871)にかけて出版された 万亭応賀(まんていおうが)作の合巻『釈迦八相倭文庫(しゃかはっそうやまとぶんこ)』 全58編のうち、第17編の表紙。玄宗皇帝と内親王の対局を「いたずら好きの犬」がめちゃくちゃにしてしまった場面を もとにしたと思われる。

『釈迦八相倭文庫』は釈迦の一代記を読みやすく翻案した草双紙で、安政1年(1854)には歌舞伎 「花見台大和文庫(はなみどうやまとぶんこ)」に脚色され、人気を博した。