光源氏
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図版
図版 5-1. 若紫年中行事之内 卯月
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 大判3枚続 版元・恵比寿屋庄七 嘉永2-3年(1849-50)
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12ヶ月の行事を描いたシリーズだが、現在のところ、このほかに大判3枚続がひとつ見つかっているだけである。
光氏の髪形は、髷(まげ)の先がふたつに分かれた海老茶筅(えびちゃせん)という独特の
スタイル。国貞の創意で、嘉永4年(1851)の歌舞伎の舞台では、八代目市川団十郎がこの形に結っている。
図版 5-2. 其姿紫の写絵(そのすがたゆかりのうつしえ) 三
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 横大判 版元・和泉屋市兵衛 嘉永4-5年(1851-52)
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光氏が身を隠している衝立に、国貞の弟子・歌川国政の名が入っている。
図版 5-3. 里の梅ゆかりの早咲(さとのうめゆかりのはやさく)
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 大判3枚続 版元・山口屋藤兵衛 嘉永5年(1852)
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若く美しい光氏を早咲きの梅にたとえた図。
図版 5-4. 空蝉
- 三代歌川豊国(歌川国貞)) 中判 版元・濱田屋徳兵衛 嘉永5年(1852)

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背景にあしらわれている雲形の文様は、土佐派の屏風絵師がよく用いたものだが、源氏絵に多く見られるため
「源氏雲」と呼ばれる。また、コマ絵の右上の縦線文様を「源氏香(げんじこう)」という。
これは5本の縦線に横線を組み合わせ、52種の組み香を表したもの。『源氏物語』五十四帖のうち、桐壺と夢浮橋を除く
各帖の名がつけられ、着物の柄などに取り入れられた。本図に描かれているのは「空蝉」という源氏香。
図版 5-5. 六十四番 権中納言定頼
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 大判
版元・佐野屋喜兵衛 弘化1年(1844)
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『偐紫田舎源氏』と直接関連はないが、図版5−8と同じ構図を用いている。
左上のコマ絵は、小倉百人一首に収められている権中納言(藤原)定頼の和歌。
- 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに
- あらはれわたる瀬瀬の網代木
図版 5-6. 似世紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ) むらをぎ
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 大判 版元・鶴屋喜右衛門 天保(1830-1844)
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「むらをぎ」とは『偐紫田舎源氏』に登場する空衣(からぎぬ)の継娘・村荻のことで、『源氏物語』では
空蝉の継娘・軒端荻にあたる。国貞の源氏絵では、碁盤の目の数が比較的正しく19路×19路に描かれている点にも注目したい。
図版 5-7. 空蝉 三
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 中判 版元・佐野屋喜兵衛 嘉永6年(1853)
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空蝉と軒端荻。ふたりが碁を打つのを盗み見たあと、源氏が夜更けに空蝉のもとへ忍んで行くと、空蝉は気配を察し、
小袿を脱ぎ捨てて部屋からすべり出てしまう。右上は熱田正雄の和歌。
- うつせミのよにぬけいてゝなつかしき
- 人からにこそひとまよひけれ
図版 5-8. 源氏後集余情(ごしゅうよじょう) 第四巻
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 大判2枚続の内 版元・魚屋栄吉 安政4年(1857)
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合巻第四編の表紙を錦絵にしたもの。碁盤に寄りかかり、光氏からの艶書を手にする村荻。
図版 5-9. 光氏温泉遊奥ノ図(みつうじおんせんあそびおくのず)
- 三代歌川豊国(歌川国貞) 大判3枚続 版元・加賀屋吉右衛門 文久1年(1861)
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温泉でくつろぐ光氏。尺八を手に、女の三味線の音合わせが終わるのを待っている。手すりにかかった手拭いと
湯治客の浴衣の柄は、当時の有名な温泉宿のトレードマークと思われる。
図版 5-10. 能楽図絵「碁」
- 月岡耕漁 大判 版元・松木平吉 明治30年(1897)
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能舞台を描いたシリーズより。「碁」という謡曲の中で、空蝉と軒端荻がかつての光源氏との逢瀬を語る。
残念ながらこの演目は現在では上演される機会が少ないが、碁についての詞章には老荘学の影響が見られ、大変興味深い。
- よしや恨みも中河の、思ひぞ出づる月の夜に、碁うちて恨みをはらすべし。
実に実に御僧の御前にて、懺悔の姿をあらはさば、終にはあらじ生死の
海なれや、数々の浜の真砂の石だて、争ふも心つよからずや。
女の碁の勝負、うつつなの風情や。
夫れ碁は定恵の二手を見せ、うつ音にあうんの響きあり。
されば目の前に生死の命期を現して、即ち涅槃の形を見す。
石の白黒は夜昼の色、星目は九曜たり。
目を三百六十目に割る事は、是一年の日の数なり……。
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能面をつけ、華麗な装束をまとったふたりの女が、このような謡に合わせてゆっくりと碁石を置いていく情景を思い浮かべると、
また違った趣が感じられる。
図版 5-11. 八条穏仁親王(はちじょうやすひとしんのう)
- 住吉光園 中判2枚続大和絵 万治3年(1660)頃
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画帖の中の1図。