〓囲碁にまつわる浮世絵の原画販売〓

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       図版 1-1. 芸自慢子宝合せ 七幅之内
     (げいじまんこだからあわせ しちふくのうち)



喜多川歌麿 大判 版元・和泉屋市兵衛 文化2年(1805)6月

碁盤に腰掛けた女が、子どもを片足に乗せ、両手で支えながら、語りに合わせて踊らせている。



$5,000 (¥540,000)

   図版 6-10. 主馬佐酒田公時 靭屓尉碓井貞光 瀧口舎人源次綱
 (しゅめのすけさかたのきんとき ゆげいのじょううすいさだみつ たきぐちのとねりげんじのつな)


歌川国芳 大判3枚続 版元・山口屋藤兵衛 文久1年(1861)

迫力満点の本図は国芳の没年に出版されたが、落款や画風から天保中期頃(1830年代後半)の作と見られている。

左より、白石を持つ渡辺綱、見物する碓井貞光、黒石を持つ坂田金時。3人は碁に熱中するあまり、妖怪どもをまるで気にかけて いない様子。ところで碁を打っていると、そばに張りついてうるさく口出しする者がよくいるが、そういう輩に比べれば、 この妖怪どものほうがよほど可愛げがあるのではないだろうか。

      ¥540,000


   図版 7-13. 佐藤忠信奮勇 
討手を破る図


梅堂小国政 大判3枚続 版元・片田長次郎 明治28年(1895)

 3人の敵をまとめて碁盤で片づけ、もうひとりにとどめの一撃を加えようとしている。オーバーアクションぶりが楽しい。片田長次郎は彫師「彫長」の三代目で、明治20年代より版元を営み、彫師業と兼業した。

        ¥75,000


     図版 10-6. 名妓三十六佳撰 歌之助
(めいぎさんじゅうろっかせん うたのすけ)



3代歌川豊国(歌川国貞) 大判 版元・蔦屋吉蔵 文久1年(1861)

36人の名高い芸妓を描いたシリーズ。



      ¥43,000

   図版 11-31. 碁太平記白石噺
 (ごたいへいきしらいしばなし)


歌川芳虎 大判3枚続
山田屋庄次郎版  安政3年(1856)

「碁太平記白石噺」は安永9年(1780)1月に江戸で初演された時代世話物の人形浄瑠璃で、 「白石」は「しらいし」と読むのが通例だが、正しくは「しろいし」とされる。

紀上太郎(きの・じょうたろう)、烏亭焉馬(うてい・えんば)ら5名が、 ふたつの実話を絡ませ、南北朝時代に移して脚色した。 ひとつは慶安4年(1651) に浪人らが幕府に対して謀反を企てた、世にいう慶安事件で、首謀者の由井正雪 (ゆい・しょうせつ)は宇治常悦(うじ・じょうえつ)、丸橋忠弥(まるばし・ちゅうや)は 鞠ヶ瀬秋夜(まりがせ・しゅうや)として作品に登場する。もうひとつは奥州で 百姓が武士に殺され、ふたりの娘が父の仇討をしたという話で、姉妹の名は 奥州の地名にちなみ、宮城野(みやぎの)、信夫(しのぶ)とつけられている。

   歌舞伎では同年4月に江戸森田座で通し上演されて好評を博したが、 その後は仇討の筋だけが上演され、今日では姉妹が吉原で再会する「大黒屋の場」 (大黒屋は浄瑠璃では大福屋。この場の通称はともに「揚屋(あげや)」)が単独で 行われることが多い。

   本図は3枚続の画面いっぱいに仇討話の主要場面を描き、各段の題を添えている。 役者名が記されておらず、出版された前後5年間に江戸で上演された記録もないところから、 理想の配役で描いた見立(みたて)絵と思われる。浄瑠璃と歌舞伎では話や役名に多少の 異同があるので、ここでは浄瑠璃の筋に沿いながら各場面を見ていこう。

1.右図下「明神の森の段」
武者修行中の浪人・宇治兵部助(ひょうぶのすけ=常悦/右)は、奥州の明神の森で 首塚を築く金江谷五郎(かなえ・やごろう/左)と出会い、激しく斬り結ぶ。 しかし、互いに南朝に忠義を尽くす者とわかり、後日を期して別れる。

2.中図右中「田植の段」
逆井(さかい)村の悪代官・志賀台七(だいしち/左)は、毒薬秘法の一巻と、 望むものを映すことのできる天眼鏡を手に入れる。天眼鏡を田の畦に隠すが、 田植えに来た百姓・与茂作(よもさく/右)に見つかって争い、与茂作を斬り殺す。 与茂作の娘おのぶ(信夫)らが台七を責めているとき、「台七の弟が殺され、 その首が明神の森で見つかった」という知らせが入る。台七は与茂作も同じ無法者に 殺されたに違いないと、ごまかして去る。

3.右図上および中図右上「境(逆井)村の段」
与茂作の家には、前夜から谷五郎が泊めてもらっていた。与茂作の妻おさよは谷五郎が 姉娘おきの(宮城野)の許嫁(いいなずけ)と知って喜ぶが、おきのが吉原に 身を売ったことを言い出せない。谷五郎が祝い酒を買いに出ているあいだに、 おのぶらが与茂作の亡骸を運んでくる。谷五郎が明神の森で一夜を明かしたと 聞いていたおさよは、夫を殺したのは谷五郎だと思いこむ。帰ってきた谷五郎に おのぶが打ちかかり、さらに台七が家来とともに「弟の敵(かたき)」と取り囲むが、 かなわない。台七は逃げ出し、家来が与茂作殺しの犯人は台七であることを白状する。 外で成行きを見守っていた兵部助は、台七のもつ毒薬秘法の一巻を奪い取るために わざと見逃し、おのぶと姉に力を貸して仇を討たせようと約束する。 絵は谷五郎(中央)を囲むおのぶや台七らと、様子をうかがう兵部助(左端)。

4.右図中「奥山の段」
おのぶ(左)は母も病気で亡くし、姉をたずねて江戸へ出てくる。浅草奥山で 女衒(ぜげん)の観九郎(かんくろう/中)にかどわかされそうになるが、 吉原の妓楼大福屋の主・惣六(そうろく/右)に助けられる。惣六は観九郎から おのぶを買い、奉公人として大福屋へ連れて帰る。

5.中図左上「吉原の段」
鵜羽黒右衛門(うのは・くろえもん)と名を変えた台七と鞠ヶ瀬秋夜が、 花魁(おいらん)の宮城野を揚げようと大福屋で鉢合わせするが、一座することになる。 宮城野とおのぶは対面し、すべてを聞いた宮城野は嘆く。姉妹は仇討のため廓を 抜け出そうとするが、話を聞いていた惣六から、曾我物語になぞらえて 時節を待つよう諭される。黒右衛門と秋夜が待つ座敷へ出た宮城野は、 黒右衛門の奥州言葉を聞き、その正体に気づく。いっぽう秋夜は常悦の同志で、 秘書を奪い取るべく黒右衛門に近づいており、目的を果たすまでは姉妹に仇討を させられない。秋夜の策により、黒右衛門は谷五郎が追ってきたと思い、逃げ出す。 知らせを受けた常悦から、宮城野の身請け金の手付300両が大福屋に届けられる。 惣六は実は新田家の浪人・島田三郎兵衛で、残りの金はもらわずともよいと言い、 宮城野に年季証文と大門(おおもん)の切手(吉原唯一の出入門を通る許可証)を与えて、 おのぶとともに出立させる。絵は『曾我物語』の仮名本(かなぼん)を手に、 宮城野(左)とおのぶ(右)を諭す惣六。宮城野の部屋の場面なので、 全盛遊女の部屋らしく高価な調度品が描かれており、奥に囲碁・将棋・双六の盤が 重ねられているのも見える。

6.左図左上「稽古の段」
おのぶ(手前)は信夫と名を改めて常悦の屋敷に世話になり、常悦の妾おせつ(奥) のもとで武術の稽古に励む。おせつは信夫に、常悦が黒右衛門と親しくしているが、 それは深い思案があってのことだと言う。

7.左図右上「碁立(ごだて)の段」
秋夜が宮城野を伴い、常悦の屋敷を訪れる。常悦は秋夜と碁を打ち、白石で仇討を、 黒石で黒右衛門を暗示しつつ、勝負に事よせて仇討をやめるように言う。 宮城野と信夫は常悦の本心を計りかね、屋敷を出ようとする。そのとき常悦が 天眼鏡の幻術を使って黒右衛門の姿を現し、姉妹に討たせてふたりを奥州へ帰郷させる。 本物の黒右衛門は常悦が姉妹を帰し、そのうえ仕官先を世話してくれたことに喜び、 秘法を伝授する。黒右衛門が扇が谷(おうぎがやつ)の仕官先へ向かうと、 常悦の胸の内を知った姉妹が、白無垢に襷(たすき)、鉢巻の装束で出る。 宮城野は長刀(なぎなた)を、信夫は鎖鎌を手渡され、敵のあとを追う。 絵は碁を打つ常悦(右)と秋夜(左)、勝負を見守る宮城野(手前)。

8.中図および左図下「敵討の段」
扇が谷に仕官先の屋敷があるというのはいつわりで、そこには常悦が仇討の場を設けていた。 だまされたと気づいた黒右衛門は地団太を踏むが、立会人として待っていた三郎兵衛 に勝負を迫られ、しぶしぶ覚悟を決める。常悦や秋夜らが見守るなか、丁々発止の 打ち合いがはじまり、ついに姉妹は父の仇を討つ。常悦、秋夜、三郎兵衛は義兄弟の 交わりを結び、北朝を滅ぼす誓いを新たにする。絵は黒右衛門(中央)に打ちかかる 宮城野(右手前)と信夫(左手前)。見守る常悦(右奥)、秋夜(左奥)、三郎兵衛(その手前)。

      ¥160,000